バス大図鑑

教えて!「先進安全技術」のこと

大森の商店街の小さなレストラン「キッチンいすゞ」。
マスターは路線バスの運転手でしたが引退して、実家の洋食店を継ぎ、
カウンター越しに、お客との会話を楽しみながら、おいしいランチを提供しています。
常連のお客さんにバスの話が大好きな親子がいて、今日もやってきたようです。

ムスコくん

マスター、今日もお父さんと路線バスに乗ってきたよ!

マスター

おやおやお出かけでしたかな?

ムスコくん

ううん。バスに乗るのが楽しいだけ!

お父さん

ムスコはほんとバスが大好きなんですけど……

マスター

ですけど?

お父さん

近ごろ、このあたり渋滞も多いし、ほら、下町を走るときは道が狭いでしょ?運転手さんがたいへんじゃないかって心配しているんですよ

マスター

何とやさしい!

ムスコくん

運転手さんってほんとうにたいへんな仕事だと思うんだ。交通安全はもちろんだけど、乗客の安全に気を配らなくてはいけないでしょ?

お父さん

ムスコがバスのことを好きになって、こういうところに気づくようになったのは親としてもうれしいことです

マスター

私も元は運転手ですから、そんな言葉を聞くと泣きそうですなあ。その気持ちはほんとに尊い。でも、近ごろ先進の安全技術が取り入れられているんですよ。今日はそんな話をしましょうか

バスの運転手さんは大勢の乗客を運びます。乗客の安全のためにさまざまな努力をしているのはムスコくんのいう通りです。運転手さんだけでなく、バス会社でも運転手さんの健康管理を行うなど日々努力はしっかりしているのですが、やはり運転手さんも人間です。突然体調が悪くなることもないとは言えません。

これまで、残念なことに運転手さんが突然の体調変化で運転不可能になったことがありました。そんな時、乗客の方がバスの運転はできないことがほとんどでしょう。
そんな事故をきっかけに「バスが運転できない乗客でも安全に停止させることができるようにするもの」が必要だと、官公庁、業界、バスメーカーが新しいシステムの開発に取り組んだのです。

そこで生まれたのが「ドライバー異常時対応システム(EDSS:Emergency Driving Stop System)」です。これは、路線バスの運転手さんが、何らかの状況(例えば発作で意識を失うなど)に陥って運転できなくなったとき、それを察知した乗客が車内にあるEDSSの客席スイッチを押すことでバスを停止させるものです。
EDSSには運転席スイッチもあり、万一の時は運転手さんが自分でも押せるようになっています。

路線バス車内にあるEDSSの客席スイッチ

すると、バスは速度を段階的に低下させ、数秒で停止に入ります。車内では赤色フラッシャーランプが点滅し、路線バスの場合は立っている人もいることが多いので、音声アナウンスで「(例)緊急停止、おつかまりください。Hold Handrail」と乗客に伝達して注意を促します。同時に車外に対しては、ホーンを鳴らし、ハザードランプとストップランプを点滅させて、周囲に異常があることを知らせます。バス停止後は「(例)非常ブレーキが作動しました。駐車ブレーキをかけてください。警察、救急に連絡してください。Emergency stop. Apply the parking brake. Call police and ambulance」と車内にアナウンスされます。

EDSSの作動イメージ(いすゞHPより)

観光バス車内にあるEDSSの客席スイッチ

観光バスにもドライバー異常時対応システム(EDSS)が搭載されています。路線バスと同様にスイッチにより車両を停止することができます。

更に、長距離・長時間走行することが多い観光バスは、「ドライバーモニター」によってドライバーの運転姿勢・顔向きや瞼(まぶた)の開閉状態を常にカメラでモニターして、「前方注意力が不足している!」とシステムが検出した時には、警報音と警告表示で注意を喚起するものです。それに加えて、車線逸脱警報が作動した場合にはEDSSが作動し、車両を停止させるようになっています。

モニターカメラがドライバーの運転状態を常時確認

ドライバーモニターのイメージ(いすゞHPより)

EDSSの作動イメージ

また観光バスには次のような先進安全技術が搭載されています。

衝突被害軽減ブレーキシステム

停止車両や歩行者の検知も可能なシステムです。走行中はミリ波レーダーと画像センサーが車両前方を検知・分析して、万一の衝突時の速度を抑制し、衝突被害を軽減するように貢献します。

車間制御クルーズ

高速道路などで安定したクルマの流れになったな、というときに運転手さんの負担を減らすために使えるのが「車間制御クルーズ」です。ミリ波レーダーで先行車を検出し、約35km/h~100km/h域で安全な車間距離を自動的に維持します。

可変スピードリミッター

バスのスピードがあらかじめ設定しておいた値を超えた場合、リミッター連動補助ブレーキ(リターダー)を作動させ、不用意な速度超過を防止します。

オートハイビーム

周囲の明るさに応じてヘッドランプ等を自動的に点灯・消灯します。また、夜間に対向車や先行車がいない場合はハイビームへ自動的に切替えを行います。運転手さんの手を煩わさず、しかもハイビームに切り換えて安全を確保してくれる機能です。

車間距離警報装置

前を走る車との車間距離が安全車間距離(先行車がブレーキをかけた時に衝突せずに停止できる最小車間距離)以下になった場合、ディスプレイに警告が表示され、警報音でドライバーに注意を促します。

車両安定制御システム

何かの異常で、車両が横転しそうになったり、スピンしたりの危険を判断し、警報を鳴らし、エンジン出力を制御し、さらに自動ブレーキを作動させることによって、運転手さんが危険を避けようとする操作をサポートします。

車両ふらつき警報

時速60km/h以上でバスが走っている時、運転手さんのステアリング(ハンドル)の操作の具合から「ふらつき度合い」を自動で判定し、警報を発して注意を喚起しるシステムです。もし警報が続いても収まらない場合、衝突被害軽減ブレーキの作動を早める機能を持っています。

車線逸脱警報

車線に対するバスの車両位置を検出します。もしバスが車線を逸脱すると警報音とディスプレイ表示で警告します。

車両ふらつき警報のイメージ(いすゞHPより)

ムスコくん

バスの先進安全技術ってすごい!

お父さん

こんなに進化したテクノロジーが運転手さんをサポートしてるんだね!

マスター

運転手さんに自身の体調が悪くなった時には、EDSSのスイッチ一つで車両を停止させることができるわけですなあ。万が一の際の安全につながるという安心感を持ってもらえると思うのです

お父さん

バスを安全に停車させるときにかかる負担の大きな部分を、システムが代行してくれるわけですね

マスター

もちろんあってはならないことですけど、人間ですから急に意識が薄れていくなんてことがあったら、車内のお客様に知らせ、その安全を気づかい、回りのクルマを気づかって安全に大きなバスを止めるというのは困難になるかもしれません。そんなときにEDSSを押せば、危険はかなり軽減されるはずですなあ

ムスコくん

もっと先進安全技術は進んでいくの?

マスター

はい。それはもちろんです……

今、EDSSのことが話題になりましたが、EDSSは観光バスと路線バスで動作が違います。観光バスは運転席スイッチが押された場合には即座に停止が始まりますが、路線バスは運転席スイッチが押されても約3秒の猶予時間を設けています。これは約3秒の間に音声アナウンスを行い、立席の乗客が停車に備えるための時間を設けています。
また、客席スイッチが押された場合にも約3秒の猶予時間が設けられています。これは、観光バスも路線バスも同じで、乗客が誤ってスイッチを押してしまった際に、運転手さんが作動を解除できる時間として設けられています。

そしてEDSSは現在、“異常の際に押しボタンを押す”というものから、“運転手の異常の自動検知”へと進化すると考えられています。
また、“単純停止型”と呼ばれるその場での停止から、“車線内停止型” “路肩退避型”へと進化が必要と言われています。
より安全な停車場所を、バス自体が探して停まってくれるイメージですね。

ムスコくん

うーん。まるでロボットの進化みたいだ!

マスター

ロボットとは言い得て妙ですなあ。バス自体が一人のロボットとして運転手さんの安全をサポートしているわけですからなあ

お父さん

うーん。バスが運転手さんや乗客を見守ってくれる時代が来るのかなあ

マスター

はい。お話している間にオムライスできましたよ!

お父さん

今頼もうと思ってたのに!

ムスコくん

今食べたいと思っていたのに!

お父さん

ぼくらはこの店に見守られているんだなあ

今日も「キッチンいすゞ」では楽しいバス談議が続きます。