一斗缶のリサイクル業から本格的に運送業へ参入

北陸地域の中核都市の一つ富山市に本拠を構える飛越運送株式会社は、今年で設立70年を迎える老舗の物流企業である。しかし、当初は物流業ではなく、初代社長が考案した“洗缶業”という独創的な事業が始まりだったそうだ。洗缶業とは、使用済みの一斗缶を仕入れて整形・洗浄し、蓋を付け直して再生販売する、いわば一斗缶のリサイクル事業である。「創意工夫する」をモットーとしていた初代社長は、自宅の倉庫に手作りの洗缶ラインを構築。湿気を嫌う米菓子を製造する企業などへ密閉性に優れた一斗缶を販売。当時は現在のような包装材がなかったため、一斗缶が包装容器として重宝されたのだという。
当時一斗缶は、自家用車両で納品していたそうだが、そのうち貨物の運搬も引き受けるようになり地元の運送会社を買収。帰り荷として農産物や石材を運ぶなど運送業務に進出する。一方、洗缶業は段ボールや発泡スチロールが登場し、一斗缶の需要が徐々に減少。同社は1965年頃から事業の軸足を運送事業へ移していった。
転機となったのは、鋼材や石材などの重量物輸送を手がけてから。もともと北陸地域は、金属加工会社が多く、ものづくりが盛んな地域。同社は1970年初頭からセミトレーラを積極的に導入し、関東方面への長距離輸送を事業の柱に据えた。ところが、ほどなくオイルショックの影響で燃料費が高騰。そこで同社は、地場の化学メーカーの住宅建材の輸送業務を獲得。高度経済成長時代から住宅需要は衰えることがなく、住宅建材の物量は飛躍的に増大。同社は、もろくて湿気に弱い一部の住宅建材を確実に運ぶことで顧客の信頼を高めていった。
こうして同社は、県外と地場の輸送業務を開拓すると共に、複数の事業拠点を展開。運送会社として揺るぎない事業基盤を築き上げた。


- 会社名
- 飛越運送株式会社
- 所在地
- 富山県富山市婦中町広田358-1
- 設立年月日
- 1955年8月
- 代表者
- 代表取締役社長 古里 博人
- 従業員数
- 66名
- 保有車両台数
- 60台
大胆な事業再編と事業承継

経営も軌道に乗り、さらに事業を拡大しようとしていた矢先の1982年、初代社長の古里博紀氏は41歳という若さで急逝される。同社を引き継いだのは、会社設立時から社長を支えてきた奥様のトミ子氏である。それから、およそ四半世紀、トミ子氏は社長の意志を継ぎ会社を切り盛りされてきたそうだ。そして、あるときトミ子氏は大胆な決断を下す。収益性の低い事業を整理すると共に、その関連会社も精算。健全な経営ができる事業規模に会社を縮小した。それは世界的な金融危機の引き金となったリーマンショックの直前のことだったという。そして、2010年に現社長の古里博人氏が三代目社長に就任する。これを機に本社を現在地に移転。同社は第二の創業期を迎えることになった。
第二の創業期新たな事業戦略を実践

顧客の要望に応えて製品を一時保管。
社長に就任した古里氏は、直ちに事業体制の再構築にとりかかったそうだ。具体的には、中京方面の工場から住宅建材を集荷し、金沢倉庫で保管・仕分けした後、北陸地域の建設現場や住宅メーカーなどに配送する仕組みを顧客と構築。同社が長年培ってきた物流ノウハウと、北陸という地理的優位性を活かした事業戦略を打ち出したのである。

古里 博人 氏
「当社は住宅建材の取り扱いに長けており、北陸エリアをカバーする物流3拠点、車両も取り揃えています。さらに関東方面の長距離幹線輸送で実績も豊富。アセット型の3PL事業者として、中京・関西方面において、お客様の多様な物流ニーズに対応できると考えました。また中京・関西方面は、運行ルートや集荷先が絞れるため、ドライバーや運行管理者の負担が軽減できます。つまり人材確保という点からも開拓しておきたい事業エリアだったのです」

現在、中京方面へは1日に10~15台が集荷に向かう、同時に北陸エリアを20台で配送。毎月6,000トン以上もの住宅建材を取り扱っているという。
また古里社長は、富山県内の物流企業18社が加盟する富山ネットワーク協同組合(JLローカルネット)の理事長を務め、全国の物流企業と貨物情報や空車状況などを共有化。北陸エリアの様々な貨物を関東・中京・関西方面にも運んでいるそうだ。

売上構成比で見ると、住宅建材の物流業務が約5割弱で、鋼材などの他の業務はそれぞれ1割以下だという。1つの業務に依存しない分散型の収益体制を実現することで、市場の変化に強い事業体制を再構築した。
実践教育でドライバーを育成

小型トラック エルフ 平ボディ(増トン車)
最大積載量4.6トン
古里社長は、安全を経営の最重要課題の一つと位置づける中で、ドライバーの育成に力を入れてきたそうだ。多様な運行形態、幅広い貨物を取り扱う自社の特性を活かして経験の浅いドライバーは、地場や中京・関西方面の乗務からスタート。基本的な運転技術や業務の流れを習得すると、関東方面への乗務も担当させているという。
「関東方面は荷主が広範囲に点在しているため、一般道での走行時間が長く、臨機応変な対応が求められます。特に鋼材などの重量物輸送は高い運転スキルと熟練の荷扱いが必要です。当社のドライバーは、こうした難易度の高い乗務を通じて実践的にスキルを身につけています」
と語られた古里社長。もちろん、長距離輸送はツーマン運行に加え、深夜運行も回避するなど、早くから「2024年問題」に対応している。
震災復興を契機に地域発展の推進力に

2024年1月1日、能登半島を襲った大地震は、富山県でも震度5強~4の揺れを観測。その直後から仮設住宅の建設に不可欠な住宅建材の需要が増大。被災地へ配送が始まった。当初は瓦礫や段差などで寸断された道路を迂回しながら、緊急車両などに混じって石膏ボードなどの住宅建材を被災地まで納品したという。過酷な運行は1年ほど続いたと古里社長は語る。

「まず何よりも被災地への配送に従事してくれた従業員に感謝しています。そして、事業を通じて“物流は社会のインフラ”ということをあらためて痛感しました。また、生前、父の口癖だった『産業界へ貢献する』という言葉も思い出しましたね。これからも当社は、こうした想いを胸に物流事業に誇りと使命感を持って邁進していきたいと考えています。今後の事業目標としては、トータルに物流サービスが提供できる総合物流企業をめざし、多様な顧客ニーズに応えていく所存です。そのために、新たな物流拠点の開設も検討しているところです」
ビジネス環境、社会情勢の変化に対して、的確に事業体制を転換することで発展してきた同社。古里社長は、震災復興を契機にインフラ・産業・観光の各分野で再構築が進む北陸エリアにおいて、地域発展の推進力となる総合物流企業をめざしている。
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