バス大図鑑

教えて「ワンマンバス」のこと

大森の商店街の小さなレストラン「キッチンいすゞ」。マスターは路線バスの運転手でしたが引退して、実家の洋食店を継ぎ、カウンター越しに、お客との会話を楽しみながら、おいしいランチを提供しています。常連のお客さんにバスの話が大好きな親子がいて、今日もやってきたようです。
お父さん
「おや? ここにマスターがバスを運転していたころの写真があるぞ。若いなあ!」
ムスコくん
「マスターと一緒に写っている人は誰?」
マスター
「車掌さんです」
ムスコくん
「車掌さんって誰?」
お父さん
「そうか。ムスコは車掌さんを知らない世代だな」
マスター
「ははは。昔は、路線バスには運転手さんと車掌さん、2人が乗って運行していたのですよ。今でも観光バスなんかに、運転手さんだけでなくガイドさんが乗っていたりすることはありますが」
ムスコくん
「何をする人なの?」
マスター
「路線バスの運転手は運転、車掌はお客さまのお世話と、役割をわけていたのですよ。車掌さんが乗客への案内や運賃のやり取り、ドアの開け閉めなどを行っていました。今では車掌さんがいない『ワンマンバス』が普通になりました。今日はワンマンバスのお話をしましょうか・・・」

今、都市部を走っている路線バスは、運転手さん1人で運転・運行しているものがほとんどです。それを「ワンマンバス」といいます。かつては、「車掌さん」と呼ばれる役目の人が一緒に乗っていて、バスの運賃を受け取ったり、ドアの開け閉めをしたり、運転手さんと協力し合いながら路線バスを運行していました。その中には女性の車掌さんも活躍していたのです。

ところが、戦後の高度成長期と呼ばれる時代に入り、日本全体が大きく発展を始めた頃、人を運ぶためのバスがどんどん必要となってきました。バスの運行時間も長くなって、夜も走らなくてはならなくなって来たのです。そうしたら車掌さんが不足するということが起きたのです。そんな背景があって、昭和26年に大阪で初めて運転手1人で運転・運行できるワンマンバスがお目見えしたのです。(出展:公益社団法人日本バス協会HP)
その後も、バス路線が拡大していくにつれ、人手不足や、運行するための費用が増えていきます。バス業界にとっては、コストを節約するためにもワンマンバスの運行が必要になってきたのです。

昭和30年頃の路線バス

そこでの大きな課題は、それまで車掌さんと2人で行っていたバスの運行を、運転手さん1人で安全にスムーズにできるようにするということでした。そのため、国土交通省、自動車工業会、車体工業会およびバス協会などバスに関係する官庁や業界全体が研究を重ねた結果、「ワンマンバスの構造要件」という基準が定められました。例えば乗客が乗り降りする扉の大きさやそれに必要な装置、動かす仕組み、あるいは運転手さんが乗客の動きを確認するための鏡の大きさなど、とても細かく、きびしく決められています。その「ワンマンバスの構造要件」に従って、バスのメーカー各社は開発を行っています。また、世の中の動きに応じて、改正されたりしています。

中でも「お客さんが乗り降りする時の安全」に関わることがとても大切で、近年この要件に追加されたのが、「バスが時速5キロ以下の状態でないと扉の開け閉めはできない」ということです。扉が開いたまま、うっかり運転手さんがバスを走らせてしまったら、大変な事故につながってしまうからです。この要件によって、ワンマンバスは、走っている速度が時速5キロ以下にならないと扉が開け閉めできないようにされています。

昔なら、車掌さんが安全を確認して扉を開け閉めしました。しかし、今ではバスの扉を開け閉めするのは、運転手さんです。運転席には「コントロールユニット」という装置があり、運転手さんの操作を扉に伝える役目をします。しかし、時速5キロ以上になると、扉の動力がカットされます。つまり、走っているワンマンバスでは、扉が開かなくなる仕組みになっているのです。

また、車掌さんは、バスをバックさせる時に誘導してくれたり、バスの回りの安全を確認したりしてくれるアシスタントでもありました。それをカバーするために、バスにはたくさんのミラーをつけて、運転手さんから見て死角ができないよう工夫してきましたが、近年、車体に取り付けたカメラによって、バスの上から見下ろせるような画像が運転席で見られるようになり、バス回りの安全確認などに役立つと期待されています。

時代と共にワンマンバスへ変化

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