いすゞ自動車の成り立ち

5 いすゞの創立
名声を不動にしたイノベーション
1937(昭和12)年4月9日、自動車工業(株)は東京瓦斯電気工業(株)を合併して、東京自動車工業(株)を設立しました(いすゞの創立)。
東京自動車工業は圧倒的な技術力で、各種ディーゼルエンジンの開発に成功。1941(昭和17)年ディーゼル自動車専用許可会社となり、商号をヂーゼル自動車工業(株)と改称。翌年には日野製造所を分離し、日野重工業(株)(現在の日野自動車(株))を設立するなど、ディーゼルエンジン技術の開発に中核的な役割を担いました。
この時期に軍需用として開発された一連の水冷DA型エンジンは、戦後民需用としてTX80型トラックなどに搭載され広く普及。「ディーゼルのいすゞ」の名声を不動のものとしました。
戦後の本格的なディーゼル・バスBX91型
戦後の本格的な
ディーゼル・バスBX91型

TX80型トラック
TX80型トラック

6 エルフの登場
ベストセラーとなった小型トラック
1949(昭和24)年商号を現在のいすゞ自動車(株)に変更しました。
トラック需要は、日本経済が朝鮮戦争による特需ブームを迎えると、うなぎ登りに増加しました。いすゞは、こうしたマーケットニーズを的確にとらえるため、生産ラインの統合による合理化を行なった。その結果、ディーゼル車の販売台数は急上昇しました。
そして1959(昭和34)年、現在も小型トラックナンバーワンを誇る「エルフ」の販売が始まりました。エルフは斬新で使い勝手に優れたCOE型ボディを採用により、小さいながらもボンネットトラックに比べて多くの荷物を積載できるということから、瞬く間に小型トラックのベストセラーカーとなりました。

COE:キャブオーバーエンジン(キャブがエンジンの上にあること。エンジンが運転室や車室の下に置かれているタイプの総称)。ボンネットがないため、荷台を長くできる。
初代エルフ
初代エルフ

増産につぐ増産、出荷前のシャシー(川崎製造所)
増産につぐ増産、出荷前のシャシー
(川崎製造所)
総組立ラインで仕上げられるシャシー(川崎製造所) 総組立ラインで仕上げられるシャシー
(川崎製造所)
東京タワーでのエルフ発表会
東京タワーでのエルフ発表会

7 次代を担うトラック開発
安全性・経済性・環境性能を追求
1971(昭和46)年いすゞは、国際競争力の向上を図るため、GM社と提携しました。こうした経営基盤の強化と長年培ってきた高度な技術力で、大型から小型トラックまでを生産する世界トップクラスの商用車メーカーの地位を確立しました。
いすゞは20世紀に育んだ技術力を継承し発展させ、21世紀も安全性・経済性・環境性能に優れた次代を担うトラックの開発にチャレンジしていきます。

ギガ フォワード エルフ


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ドクターT
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