トラック誕生までの歴史[日本編]

ドクターT


1 700年代〜(奈良・平安時代) 牛車
牛車
荷物の運搬は牛歩のあゆみ
古代日本では朝鮮半島を経由して、馬車の文化が伝えられていましたが、あまり発達せず「馬」は主に乗るものとして使用されていました。一方、「牛」にクルマを引かせる牛車(ぎっしゃ)が貴族階級の交通手段として用いられていました。その後、大衆にも牛を用いることが広まり、幕末まで荷物の運搬や畑仕事用の家畜として牛が全国各地で活用されていました。


2 1860〜90年代(慶応〜明治時代) 馬車
馬車
文明開化でスピードアップ
明治政府が成立すると、鎖国が解かれ、西洋文化が急激に持ち込まれました。この結果、西洋式の馬車が瞬く間に発展し、乗合馬車、郵便馬車が次々に開設されたほか、荷馬車が普及していきました。その後、蒸気機関車による鉄道網が整備されて大量輸送が確立されると、一時的に荷馬車は衰退しましたが、鉄道の駅では商品の輸送量が増え、かえって荷馬車の需要は多くなりました。


3 1898(明治31)年 日本初の輸入自動車 日本初の輸入自動車
初めて日本を走ったガソリン自動車
外国との交易が盛んになると自転車やオートバイなどが上陸してくるようになりました。そんな中、4輪自動車も輸入され、フランス商人デフネが輸入した「パナール・ルバッソール」が日本で初めて走ったガソリン自動車として認知されています。このときデフネは、東京の築地から上野までデモ走行を行い大評判となりました。


4 1904(明治37)年 国産自動車の誕生 初の蒸気自動車
日本人が作り上げた初の蒸気自動車
海外から輸入された自動車を参考にして、日本各地でも、自動車の開発が行われるようになりました。そして、1904(明治37)年、山羽式乗合自動車(蒸気エンジン)が完成し、初めての国産4輪自動車として認知されました。また、ガソリンエンジンを搭載した自動車としては、1907(明治40)年に完成した吉田式乗合自動車が記録に残っています。


5 1924(大正13)年 ウーズレーCP型トラック ウーズレーCP型トラック
時代が必要としたトラック
東京石川島造船所(いすゞの前身)では、第一次世界大戦による好景気で得た資金を元に、自動車産業に進出することとなりました。1918(大正7)年に英国の自動車会社ウーズレー社との間に契約が成立し、ウーズレー自動車の製造権および東洋での販売権を獲得。社員を現地に派遣して技術を修得させ、必要な機械・図面などを取り寄せ、ウーズレーA9型乗用車の製造を開始し、1922(大正11)年、乗用車第一号が完成しました。また、1923(大正12)年には、ウーズレーCP型1.5トン積トラックの図面および見本車2台を取り寄せました。それを元に1924(大正13)年3月、2台の試作トラックが完成して、1,000kmの運転試験を行い、軍用保護自動車の資格を得ました。


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