輸創企業

一社偏重の経営を改め食品に特化した共同配送へ

代表取締役副社長 吉川 国之 氏
 1965年、茨城県水戸市に本拠を構える茨城乳配株式会社が設立される。大手乳業メーカーのセンター運営と輸配送業務に特化するかたちで事業を開始。当時は、高度経済成長期の真っ只中、乳製品が一般家庭の食卓に浸透した時期でもあり、順調に業績を伸ばしてきたという。
 その後、後継者として現副社長の吉川国之氏が同社に入社。このことが、同社に大きな変革をもたらすターニングポイントとなる。入社後、吉川副社長は今までの経営方針を大転換。経営改革の牽引役を務めていくことになる。一社偏重の経営を改めるため、新規荷主開拓に乗り出したのだ。
「当時、日本はバブル崩壊の影響で景気が低迷。大手企業の倒産が相次ぐなか、廃業、身売りを余儀なくされる運送事業者もありました。また、たまたま経営セミナーに参加したところ、倒産する会社の共通項目が、どれも当社に該当することばかりでした。躊躇している余裕などない、実践できることから始めていかなければ手遅れになる、という危機感に襲われましたね」
 と当時を振り返りながら語られた吉川副社長。とは言え、当初は営業のノウハウもなければ、人脈もないため、条件の悪い仕事を引き受けることも多かったそうだ。その後、経営コンサルタントの指南も受けながら、自社の強みを活かした経営戦略を策定。明確な売上目標を定め、それを達成するために組織改革を進めてきた。さらに、マーケティング戦略の一環として、見込み客に検索されやすいホームページも制作。現在でも、多いときで20件ほど業務に関する問い合わせがあるという。
 こうして同社は、地道に実績を重ねながら80社以上の顧客を獲得し、売上構成比を分散。1社に依存する経営体質から脱却した。数年前には、北関東エリアをカバーする食品の共同配送体制を構築。茨城県(デポ)、千葉県(ドライ倉庫)、栃木県(冷凍冷蔵倉庫)、神奈川県(デポ)に拠点を有し、顧客ニーズに応じて流通加工サービスも提供している。稼動車両は1日約250台(協力会社を含む)以上。自他共に認める食品の総合物流企業へと成長を遂げた。吉川副社長が入社した当時8億円程度だった売上は、間もなく30億円を超える勢いである。

本社オフィス(茨城県水戸市)
北関東を中心に国内5拠点を展開

高品質な物流サービスをワンストップで提供
 同社が事業拡大に成功したポイントは3つ。「食品に特化」「共同配送」「3温度帯に対応」である。吉川副社長は、大手乳業メーカーの輸配送を手がけてきた実績を自社の強みとして活かしたのだという。
「食品に特化した3温度帯の共同配送となれば、おのずとプレーヤーは限られてきます。価格ではなく、物流品質で勝負したいと考えました。また、配送業務を受注できれば、付随してチャーター便やスポット便の仕事も獲得できる、と見込んでいました。もちろん、仕事のボリュームは絞られてきますから、集荷から一時保管、仕分け、配送までワンストップで提供できなくてはなりません。つまり、お客様の抱える様々な課題を解決できる、食品専門の3PL事業者をめざしたわけです」
 同社は、北関東及び首都圏の顧客から幹線輸送で商品を自社倉庫(スルー型)に集荷し、それをルートごとに仕分けして各店舗へ配送。今年の春には、茨城県内に新たな中継拠点を開設する予定だという。また最近では、これまで培ってきたノウハウを活かして、お客様に物流の仕組み(効率化・コスト削減)を提案。顧客の多様な物流ニーズに応えている。さらに、大手フォワーダーと業務提携し、生鮮食品の海外輸出もサポートしている。
「茨城県は全国でも有数の農業県です。ところが現在、茨城の農産物は、原発事故の影響で一部の国を除いて輸出が規制されています。それでも近年、国は農産物の輸出を促進しており、いずれ規制が解除される日が訪れるでしょう。そのときに海外に輸出したい、という顧客ニーズがあれば迅速に対応したいと考えています」
 と語られた吉川副社長。物流コンサルティングを提供する同社は、海外マーケットの将来性をも視野に入れ、物流サービスを提供しているのだ。

共同配送
チャーター・スポット便

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